二次元も三次元も愛したい

女キャラの夢女子

私が早くしにたいと思う理由

死と向き合いたくて、書きます。

 

人間はいつか死にます。だから、死にたいではなく、早く死にたいなんですね。

苦しいのと痛いのは嫌なので、なるべく楽に死にたいです。

 

死にたい理由は、生きていることに疲れたから。これに尽きます。

生きているだけでお金がかかる。お金を稼ぐために働くのはしんどい。クレームとかも受ける。毎日叱られる。

身の回りのことをするのもしんどいです。これは昔からなのでしょうがないのでしょう。

 

休みは人並みにあります。ただ、いくら休んでも考え方は変わらないですね。

 

老後に何千万円必要という話がありました。笑えます。そんなに長生きしないって。

生きててよかったと思うことはあります。クレープおいしいとか。

でも、それくらいです。

 

生きてることが素晴らしいなら、死ぬことも素晴らしいです。

もう苦しまなくていいから。

私が望むのは、生きたいと思わせてくれることではなくて、少しでも楽に毎日をやり過ごすことです。

そしてなるべく早く、楽に死ぬことです。

 

地球上の人間があと半分くらいになれば、もっと生きやすくなるでしょうか。

奴隷労働とかもなくなるでしょうか。

 

エネルギーや食料の不足の議論を見るたびに思います。

人間の数を減らせばいいのに。

 

子供を産まず、死にゆく人を医療で邪魔しなければ可能なのではないでしょうか。

 

親には私を産んでほしくなかった。

それだけは確実に言えます。

苦しみが毎日降ってくるこんな世の中に。

 

 

 

 

 

 

ボカロが好きでVtuberが苦手な理由

いちファンの自分語りです。

ボカロ推しです、悪しからず。

ここでのボカロは、曲としてのジャンルではなく、ボカロのキャラの存在を指します。

 

ボカロとVtuberは似てます。ニコニコ動画の超会議の映像を見ると、Vtuberの方がトーク多めだな、くらいの違いしかないと思います。

しかし、10年余りボカロに浸ってきた私からすると、ボカロは好き、Vtuberは苦手なのです。個人的な趣味ですが、理由を挙げていきます。

端的に表現すると、ボカロはやおよろずの神、Vtuber一神教です。

1 空想の余地

「キャラ付け」という言葉がしっくりくると思います。

Vtuberは、デビューする時点で既にキャラが決まっています。一方、ボカロは初期は絵と音声くらいしか公式設定はありませんでした。

今でも、「それぞれのミクさん」というように、日本のやおよろずの神のような概念が受け継がれているように思います。故に、イマジナリーフレンド的というか、自分の理想を押し付けやすく、またそれが肯定できる世界観がボカロにはあります。

Vtuberは配信動画そのものが聖書ですね。アニメもそうですが。

 

2ファンの貢献度

何をもってファンやお客さんとするかは人それぞれですが、ファンは愛、お客さんは金だと私は思います。

ファンは愛があれば、つまり好きでいればそれでOKですが、貢献度というのはひとつの切り口になります。

コンテンツの存続にはお金が要ります。また、暖かい応援コメントなども制作者の励みになります。だからこそ、ファンの役割は愛と金が基本です。

ボカロはそれに加え、ファンアートの存在が大きいです。

ボカロそのものは音声ソフトなので、推しを歌わせてプロデュースすることができますし、トークロイドや絵などで動画を作ることができます。ここは、公式さんが二次創作を許容していることが大きく関わっています。

創作自体、承認欲求と切り離せない部分があり、例えば初音ミクで曲を作って公開したからといって作者自身がミクを好きとも限らないのですが、一般の人が創作者の立場になれるというのが、ボカロの最大の特徴だと感じます。

 

3中の人の自己顕示

キャラクターの要は見た目と声です。二次元だと、声優=キャラクターと取られることも多いです。

vtuberも声を当てている人が、主な中の人です。

ボカロも中の人は、音声の元となった声優さんなのですが、音楽自体がソフトになっているので、収録の度に声優さんが必要ではありません。

つまり、使う人の意志で好きな内容を歌わせたり喋らせることができます。

その点でボカロは、ボカロPや調教師さんなどが中の人とも言えます。

個人的にここはたても重要です。声優さんという人間から切り離された存在は偶像になり得るからです。

私にとって、声優さんはどこまでも人間でした。個人の意思を持つ、人権がある存在。

妄想癖のあるオタク(私)は、いつも余計なことを考えてしまいます。

このセリフ言ってるとき気持ちいいだろうな。

大勢の前でライブするの楽しいだろうな。

もっと注目されたいだろうな。

「人間」の「承認欲求」がウザくなるのです。

それは私自身のエゴですし、私自身、承認欲求が強いからこそそういう考えに至るのだと思います。

ただ、自分の理想をなすりつける上で邪魔なのが、人間味のある中の人による承認欲求です。

これは、他人であるという感覚を思い出してしまいます。

 

結局、私がボカロを好きな理由は、自分の理想を思う存分押し付けられるからに過ぎません。

初音ミクのライブでトークが増えると、それに反対するコメントを見かけますが、それは自分の理想を崩されたから、つまり解釈違いに他ならないのでしょう。

動物は話せないから可愛いという話があります。仕草や表情から、私たちは自分の想像を動物に押し付けて可愛いと思ったりします。

動物とボカロには似たような部分があったのだと、私は思います。

話せないから、部分的にしかわからないから、自分の理想を押し付けられる。夢を見られる。

公式のキャラ付けが嫌になった時は、ボカロの本体である音声ソフトで遊びます。

もしくは、好きな作品(絵、動画など)を見ます。

こうして、私は私の理想を長く保つことができるのです。

 

 

 

 

継続は力なり+千里の道も一歩から

タイトルに気に入っていることわざを書きました。

継続は力なり。千里の道も一歩から。

最近は、そう痛感しています。

 

簡単に言うと、続けよう、踏み出そう、ということです。

疲れ気味の社会人からすると、そんなことはわかってんだよ!!と叫びたくもなりますが。

 

私はそれに加えて、夢は大きく、を推したいです。

アニソンでもよくありますね。

 

私はよくお酒を飲むのですが、普段とてもネガティブな思考がプラス思考になって、夢を見られるのが一番のメリットです。

童心に還るような感覚です。

 

明日、活躍できそうな気がする。

誰かを感動させる作品が作れそう。

 

そういう予感が愛しいです。

 

実現までしなくても、今よりも近づけるはずです。

オタクマーケティングって貝合わせみたい

性的なほうじゃないです。

平安時代にあった、貝を使った遊び、貝合わせ。

二枚貝の貝殻に絵柄を描いて神経衰弱をする遊びです。そこから派生して、拾ってきた貝に歌を付けて、その魅力を競う遊びを指すこともあったそうです(漫画からの知識しかありませんが)。

 

最近、オタク向けコラボが多いですよね。

温泉とか、香水とか、ワインとか。

筋トレとか献血もあります。

この動きは、オタクをきっかけにして、そのジャンルを知ってもらおうという意図があるのでしょう。

そして、コラボ系のものは基本的に値段が高いです。これも著作権とか事情があるのでしょう。

で、そういうのを見ていて思ったのが、コラボって貝合わせみたいだということです。

貝合わせでは、普通は綺麗な貝殻に綺麗な歌をつけた方が有利なのですが、あえてみすぼらしい貝殻を拾ってきて、これはたいせつな君がくれたものだから特別、という歌をつけることもできます。

妄想で何かの価値を増幅させる、文化的な精神は平安時代に既にあったのかなと考えると、なかなか面白いです。

コラボイベントにお金を使いすぎて疲れたら、自分ならこんなコラボを作る!という妄想を企画書にまとめるのも楽しいです。

 

お金を使わない幸せ

お金を使わない幸せがあると思います。

お金を掛けなくても楽しめる趣味とか。

今はいろいろとやることがあって、文章を上手く書けません。

 

世の中のどんよりした空気が、少しでも良くなりますように。

お金に執着しないことって難しいですね。

 

 

 

 

 

 

 

損得よりも大事なこと

増税まで、あと僅か。

最近、欲しいものと買い換えたいものがたくさん出てきました。

そして好きなジャンルは、ことごとくソシャゲになっていきます。

スマホを新しいものに換えようかな、とよく思うこの頃です。

 

お金で買える欲しいものはたくさんありますが、それは今必要なものなのかを考えるようにしています。すると、実は必要なものは少ないです。

それから、コストを抑える方法は、まとめ買いだけではありません。

例えば食べることが生きがいな人がいれば、外食ではなくて市販の食材を組み合わせて料理するとか、外食するなら単価が高くなる夕食は控えるとか、工夫できます。

 

お金って幸せになるための手段でしかないので、それに振り回されるのは嫌です。

改めて、自分の幸せを感じられるものを大切にしたいです。

節約というゲームも、もちろん楽しいですが。

物語って大事だよねって話

星です。久しぶりの更新です。

 

突然ですが、物語性って大切だと思います。

例えばいつも使っているシャーペンひとつにしても、この子と一緒に入試も試験も戦ってきたよなあ、という風に。

最近、アパレルやカフェなどで、アニメコラボを見ることが多くなりました。

そこで価値を持っているのは、物語性だと思います。

キャラをモチーフにしたフードやグッズ。その中でも私が面白いと思うのは、キャラがアニメの中で使っていたものや、作品に出てきた料理を再現したものです。

それを使ったり、味わったりすることで、キャラと同じ世界に生きているような感覚がして楽しいです。

それは、まず物語に感動して、思い入れをもって、それを時を経てグッズなどで身近に感じることができるからこそ、生まれるものがあります。

 

このように、企業側が私たちに物語のきっかけを与えてくれている訳ですが、物語は自分でも生み出すことができます。

単に小説などを書くだけではなく、新しい趣味にハマるとか、新しい人間関係を作ってみるとか。もちろん、何か作品を発表して誰かの反応を待つのも面白いですね。

 

人生に物語を作るために、行動を起こしていきたいです。