大学に行く意味 オタク編

私は大学生をやれて本当によかったと思う。たとえ借金をしていても。

その理由は、「情報操作」に気づけたからだ。

情報は伝言ゲームの中で、確実に姿を変えていく。それは小学生の頃の伝言ゲームで何となくわかっていたが、ピンときたのは大学生になってからだった。

きっかけはゼミで出された課題。A(仮)がすばらしい、という内容を書く必要があった。

そこでAについての情報を集めた。すると、プラスのこともマイナスのことも出てきたが、マイナスのことで致命的な内容があった。要するに、プラスのことを台無しにしてしまうほどの内容だった。

私は困った。このままではAがすばらしいという結論にならない。

解決策はすぐにひらめいた。「そうだ、無かったことにしよう」

そう。その致命的なマイナスのことを無かったことにした。プラスのことだけを書いてAをひたすらワッショイした。

その時、気づいた。みんな、こういうことしてるんじゃない??

一般人だけじゃなくて、新聞記者とか、経営者とか、偉い人たちもしてるんじゃない??

例えば、ネコについて書くとする。

ネコには良いところも悪いところもある。

ネコが好きな人は、ネコの良いところをひたすら書いてワッショイする。

ネコが嫌いで、ネコを排除する活動をしている人がいれば、ネコの悪い点をひたすら書く。

で、ネコって悪いでしょ??排除しようね。っていう結論を出すはずだ。

このようなことの連続で、情報は成り立っている、ということに気づいた。

それからというもの、私は一度、全てを疑ってみることを習慣にしている。

Aさげをしている記事があれば、「A 良い点」で検索したりしている。

それはゲームのレビューも、偉い人のスピーチ内容も同じだ。

私は大学生をやることで、物事を多角的に見ることの大切さを知った。

お陰で今では、世間にオワコンと言われるジャンルを愛することもできている。