百合女子は攻めにもなりたい??

百合女子の考察の記事があまり無いので、増えてほしい今日この頃です。星です。

今回は、百合女子について思ったことを書きます。

同性どうしの関係を描くジャンルがありますよね。百合とBLです。

どちらにせよ、作者の男性性、女性性に対する意識が表れると思います。

で、BLの二次創作でよく話題になるのが、受け攻め論争です。誤解を恐れずに言うと、どちらが女役をするかです。

私の主観ですが、一般的な男性像、女性像があると思います。それに関連して、スカートとズボンを履くことの是非があります。(パンツと言ったらあれなので、ズボンと表記します)

女性はズボンでもスカートでもあまり違和感はないです。でも、男性はズボンが望ましいと思います。

百合とBLも同じことが言えるのではないでしょうか。

百合は攻めでも受けでも違和感はない。BLは攻めが重要である、といった感じです。

このように考えた場合、百合は攻めでも受けでも、読み手には違和感はありませんが、BLについてはどうでしょう。

BLは攻めが重要となると、攻めをどちらにするか問題が起きます。攻めをどちらにするかは、作者(もしくは読み手)に委ねられるからです。それにより、解釈が大きく変わります。

 

ここで思ったことがあります。女性が百合を読む時、攻めと受け、どちらに自己投影するのか。

(自己投影を必ず行うという前提でお送りします)

私の考えは、どちらも、です。リードする方にも、される方にもなれる。

この考え方は、BLでも見られます。「攻めに自己投影して受けを可愛がっている」というあれです。

女性の男性化のため、とか言われたりします。でも二人がどのような関係を気づくのは本人達そうでなければ、当事者が決めることであって、議論では一般的な男性像や女性像を使っているだけのように思います。

女性が男性をなでなでしてあげるカップルもきっとありますよね。その時、リードしているのは多分女性で、言うなれば女性が攻めです。

何が言いたいのかというと、イチャイチャはもっと自由でいい、と思うのです。

議論で決着が着くことは多分無いと思います。でも、二人の関係は当事者どうしが作ればいいのです。

自分の、もしくは自分達の気持ちいいことをすることと、周りの人に配慮することは、いったん分けて考えるべきだと思います。

話が逸れましたが、性的な関係に関して、男性的・女性的と分類しにくいものが確かにあると思います。