少女になれた人たちへ
VTuberやARが流行っている。その中で、誰でも少女になれる、というコンテンツがあるらしい。
VTuberだと、仮想キャラクターである少女の中が男性だったり、VRだと、少女になりきってポーズを決められるゲームがある。
そこで、自分の心の中にある、少女の気持ちに気づいた人がいる、と聞いた。
可愛く見られたい、オシャレをしたい、という具合に。
若しくは、女装が好きな男性もいると思う。
私は、その方々に、自分の中にいる少女の存在を忘れないで、と伝えたい。
彼女たちは、自分が可愛いと思われることに喜びを感じるだろう。自分の容姿を誇りに思うだろう。
彼女たちにとって、誰かに可愛くない、と言われることは、屈辱だろう。
可愛くない、は暴言で言えば、ブスだと思う。
少女にとって、ブスと言われることは屈辱である。
少女自身が、自分の容姿がある程度劣っていると自覚していても、ブスと言われるのは屈辱である。
そのことを、忘れないでほしい。
不細工に生まれるなら、男性と女性どちらがよいか、という問いに対して、私は男性の方がマシだと思っている。
やはり、女性の方が容姿について言及されやすい。そのため、ある程度良い容姿に生まれなかった女性は、本当に苦労すると思う。
だからこそ、自分は平均的な容姿だ、と自分に言い聞かせている。
要するに、容姿について批評するときは、本人にバレないようにしようね、と言いたい。
エゴサーチは仕方ないとしても、直接ブスと言われたら、少女は傷つく。
誰の心にもきっと少女は存在するので、人の容姿は批判するべきではないと思う。
最近、誰でも少女を体験できる、という流行を見ていて思うところがあったので、この記事を書きました。
少女になることで、その人がより素敵な人間になれる、やさしい世界になってほしいです。