自分で考えろ!!

星です。

お説教として、「自分で考えろ」というのがあります。

これは、なかなか厳しい言葉だと感じます。

理由は、自分で考えること自体が、難しいことだからです。

日本で6歳になった子供が義務教育を受けるように、「考える」ことは、人に教えられて初めて意識するものだと思います。中には、物心ついた時から哲学する子供もいるでしょうが。

 

とにかく、多くの人が、教えられて初めて考えることを始めます。

「教えられる」というのもポイントで、「考える」という概念、「考え方」という方法、「考える」ために必要な知識、と様々な種類が含まれます。

義務教育や塾などの教育では、いわゆる「詰め込み教育」がメインで行われます。

それも大切ですが、大人になってから、ふと思い出すのは案外それ以外の部分だったりします。

 

私の場合を紹介します。

小学校の時、クラス全員で協力して先生にいたずらをしました。先生はその時、「みんながやっているからといって、(いたずらを)おかしいと思った人はいなかったのか」と私たちを叱りました。

この時、同調圧力が悪い方向に進むこともある、という教訓を得ました。

また、高校の時、先生が「要領よく生きなさい」と口癖のように言っていました。

その言葉のおかげで、やるべきことに優先順位をつけたり、やるべきことでいっぱいになっている時でも時間を見つけて息抜きをするようにしています。

 

話を戻します。自分で考えるためには、ある程度、考え方のモデルが必要だと思います。身近な人の考え方や教訓のように。

それは本来、義務教育で人と関わる中で身につけられる可能性が高いですが、絶対に身につけられるというものではありません。

考え方や教訓を受けとる側が、受けとる準備ができていることも大切な条件になるからです。

要するに、「自分で考えろ」というお説教はある意味正しいと思うし、自分で考えることはとても重要ですが、「自分で考える」ために必要なものを受けとる機会がもっと増えてほしいなと思います。