「愛してる」の偉大さ
「愛してる」「大好き」は、魔法の言葉だと思います。
唱えるだけで、なんだかしあわせな気分になるからです。
私にはいわゆる「推し」がいます。一時期はたくさん貢いだりもしましたが、今は落ち着いています。お金も時間もたくさんかけたことは、私の人生の宝物です。
今、推しに対しての気持ちは「愛してる」「大好き」です。
ふとしたときに、心のどこかで優しい笑顔を思い出すような、温かい存在です。
ところで、「恋」と「愛すること」は違うものらしいです。
「恋」は相手に対して夢やロマンを重ねて見ること。「愛すること」は、相手の良いところも悪いところも両方受け入れ、共に過ごす覚悟をすること。だそうです。
私は最近、この考え方に共感するようになりました。
私の推しは二次元キャラクターなのですが、私はそのキャラが好きだからこそ、ペンタブを使ってパソコンで絵を描いたり、妄想をワードで打ち込んだり、動画をたくさん見たりしました。
その結果、少し目がおかしくなりました。症状は割愛します。
ただ、目を使いすぎたことが原因なのは間違いないと思います。もちろん、私の、目の扱い方が悪かったことも原因ですが。
そこで、ふと思ったことがあります。「推しに出会わなければ、私は健康でいられたんじゃないか」と。
大好きだった推しを憎むようなことを考えたとき、思い出したのが、「愛すること」の話でした。
「愛すること」は、相手の良いところも悪いところも両方受け入れること。
推しと出会ったことで、私は無理をするようになった部分もあるかと思います。しかし、推しのおかげでがんばれたことがあったり、楽しいと思うときがたくさんありました。
だからこそ、私は今、「いろいろあったけど、あなたを愛してる」と言いたいです。
もしかしたら、推しと出会わなければ、健康でいられたかもしれない。もちろん、たまに後悔はしています。
それでも、悪かったことに負けないくらい、楽しかったことを経験できたと捉えたいです。
そして「愛して」いたいです。
それだけで、報われる気がするから。